G2|そして犬はベッドに上った|第6回:「そして犬はベッドに上った」真並恭介〈1〉
大阪大学前総長・鷲田清一氏(哲学者)絶賛! 認知症を癒やす犬たちを描いた『セラピードッグの子守歌』の著者が贈る感動のストーリー。
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人と犬はアイコンタクトで結ばれる
2007年10月に特別養護老人ホーム足守荘に入所した河島三郎さんは、難病の脊柱靱帯骨化症と痙攣発作、脳梗塞の既往歴があり、脳血管性認知症をかかえて苦しい人生を送っている人だった。
若いころは広島県内の工場で機械工として働いていた。結婚歴はなく、兄夫婦と同居していた。入所時点で、立ち上がりや歩行が不可能で車椅子を使用し、全介助だった。食事時間以外はほとんどベッドで過ごすことが多く、認知症の症状として記憶障害のほか、幻覚、幻聴、妄想などが顕在化していた。
「犬との時間」を提供して精神的な安定と気分転換を図り、認知症状を軽減することを長期目標に、ドッグセラピーを導入することになった。日中の離床時間を増加させて夜間の不眠傾向を改善し、他の入居者との交流を促すことを短期目標とした。
2008年4月14日。ドッグセラピー初日。65歳の河島さんは、兄が飼育していた猟犬の訓練を手伝い、食事の世話をしていたから、犬の扱いには慣れていた。リクライニングの車椅子に乗った状態で、スウィート、ミルル、メロンに触れた。
その後、何度か訪問し、最も高い関心を示したメロンを担当犬に決めた。
河島さんはメロンをとても気に入っていたが、名前が覚えられないようで、「ちいちゃん」という昔飼っていた犬の名前で呼んだ。犬に関心のない人に向かって、「この子、かわいいよ」「抱いてみれば」と声をかけた。ホールで談笑する姿が見られるようになった。
4月23日。初めて河島さんの居室を訪問。メロンを見るなり、涙を流した。
「誰も来てくれんのに、こいつが会いに来てくれたからうれしいんじゃ」
原瀬明日香トレーナーがメロンの名前を伝えると、今までちいちゃんと呼んでいたのに、何度もメロンと呼び、手を伸ばして撫でた。
4月28日。ケアワーカーがメロンを撫でようとして頭越しに手を出したとき、メロンが首を引っこめた。
「殴られると思うたんじゃ。下から手を伸ばすようにしたら怖がらん」と、河島さんは実演して教えてやった。
5月12日。メロンの名前を忘れずに呼んだ。原瀬がメロンに号令をかけて、河島さんの手とメロンの手を合わせる「タッチ」をさせると、河島さんは大喜びで、自分でも号令をかけた。二度、三度とかけた。だが、メロンは手を出さない。
「わしの言うことは聞かんなぁ」と、がっかりし、寂しそうな顔になった。
しかし、終始にこやかで、「よしよし」とルーキー(新人)のセラピードッグをねぎらうように撫でている。
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